バイオロギング 解説

バイオロギングとは|日本発の機器メーカーが解説する原理・歴史・応用

バイオロギング(biologging)とは、野生動物に小型のセンサーを装着し、彼ら自身が記録する一次データから行動や生理・環境を解き明かす研究手法です。本稿では、1960 年代の起源から最新の AI・衛星統合プラットフォームまで、機器メーカーの視点で原理・歴史・応用を整理します。

小泉 拓也 ・ 野田 琢嗣公開: 2026年5月12日更新: 2026年5月12日

1. バイオロギングの定義

バイオロギング(biologging)とは、野生動物に小型のセンサーや記録装置を装着し、彼らの行動・生理状態・周辺環境を、動物自身がデータとして記録する研究手法です。「bio(生物)」と「logging(記録)」を組み合わせた言葉で、1990 年代後半に日本の研究者コミュニティを起点に世界へ広まりました。

従来の生態調査では、肉眼観察や標識再捕獲、地上からのテレメトリー(電波追跡)が中心で、観察できる時間・場所・項目が限られていました。バイオロギングは、動物自身を「移動するセンサープラットフォーム」と捉えることで、海中・極地・夜間・長期間といった人間がアクセスしづらい状況のデータを取得できる点に革新性があります。

近年は、データロガー(オフライン記録)・GPS 首輪(衛星・携帯網による準リアルタイム送信)・ビデオロガー(一人称視点の映像)・加速度センサー(行動分類)などを組み合わせ、行動学だけでなく気候変動研究や鳥獣害管理・生物多様性政策にも応用されています。

2. 歴史|なぜ「バイオロギング」は日本発の言葉なのか

バイオロギングの技術系譜は 1960 年代の南極研究までさかのぼります。日本の研究者が中心となって体系化・命名し、現在では世界共通語として使われています。

  1. 1964

    G. L. Kooyman の南極アザラシ研究

    米国の生物学者ジェラルド・クーイマンが、ウェッデルアザラシにキッチンタイマーを改造した深度記録計を装着し、世界で初めて潜水行動を時系列で計測しました。これがバイオロギングの源流とされています。

  2. 1980s

    日本の極域・海洋研究での発展

    国立極地研究所の内藤靖彦らを中心に、ペンギン・アザラシ・ウミガメ・海鳥への小型データロガー装着研究が進展。日本独自のメカトロニクスと小型化技術が、生態研究に持ち込まれた時期です。

  3. 2003

    「Bio-logging Science」第 1 回国際シンポジウム

    東京で開催された第 1 回国際シンポジウムを契機に、Bio-logging という用語が国際的に定着しました。日本バイオロギング研究会も同時期に発足し、現在まで分野を牽引しています。

  4. 2010s

    センサーの多様化と小型化

    MEMS 加速度センサー、磁気センサー、温度・深度・照度センサー、超小型 GPS、低消費電力 MCU の進化により、数グラム単位の機器で数か月単位の連続記録が可能になりました。鳥類や小型哺乳類への応用が一気に広がります。

  5. 2020s

    AI・衛星・クラウドの統合

    エッジ AI による行動自動分類、LTE/衛星 IoT による準リアルタイム送信、クラウド上での種横断データ統合が実現。研究現場の意思決定が「数か月後の解析」から「当日中の確認」へと変わり始めています。

3. 機器の種類と仕組み

バイオロギング機器は、対象動物・記録項目・回収方法によって複数のタイプに分かれます。本節では実機メーカーの視点で、それぞれの仕組みと得意分野を整理します。

主要なバイオロギング機器の比較

機器タイプ主なセンサー主な対象動物記録期間の目安データ回収方法
データロガー(ジオロケーター含む)
LoggLaw C シリーズ
深度・温度・加速度・照度・磁気海洋哺乳類・海鳥・魚類・ウミガメ数週間〜数年個体再捕獲、または切り離し回収
GPS 首輪
LoggLaw G シリーズ
GPS、加速度、温度、通信モジュール(LTE / 衛星)シカ・クマ・イノシシ等の中大型陸生哺乳類数か月〜数年携帯網・衛星経由でリアルタイム送信
鳥用 GPS
LoggLaw G2S
GPS、加速度、太陽電池(種により)猛禽類・水鳥・大型海鳥数か月〜複数年(太陽電池モデル)携帯網経由送信、または再捕獲時にダウンロード
ビデオロガー
LoggLaw CAM
カメラ、ハイドロフォン(水中マイク)、深度、加速度海洋哺乳類・大型魚類・ウミガメ数時間〜数日(バッテリー依存)切り離し回収後に SD カードから取り出し
水中音響モニタリング装置
LoggLaw NAD-W
ハイドロフォン、エッジ AI 検出モジュールイルカ・クジラ等の発声海洋生物(受動的観測)1 週間〜数か月SD カード回収、または LTE 経由でメタデータ送信

4. 取得できるデータの種類

バイオロギングで得られるデータは、単一のセンサー値ではなく、複数のチャネルを時系列で同期記録する点に価値があります。代表的なデータ層は次の通りです。

位置情報(GPS / Argos / ジオロケーター)

陸生動物では数 m〜数十 m の精度で測位、海洋生物では太陽の昼夜パターンから経度緯度を推定するジオロケーターも併用。回遊・移動経路・行動圏の解析に直結します。

深度・水温

潜水動物の採餌深度、水柱の温度プロファイル、表面回帰のリズムを 1 秒未満の解像度で記録できます。気候研究での海洋観測補完としても活用が進んでいます。

加速度・地磁気

3 軸加速度から動物の姿勢・歩行・羽ばたき・採餌動作を自動分類できます。エッジ AI と組み合わせることで、生のデータを送らずに分類結果のみ送信する省電力運用が可能です。

映像と音響

ビデオロガーやハイドロフォンによって、一人称視点の採餌行動、群れ内コミュニケーション、周辺の他種生物・人為音までを記録できます。

生理データ

心拍・体温・筋電位など、装着技術が確立されたものから順に研究現場で利用されています。エネルギー収支研究や疾病・繁殖期の評価に直結します。

5. 応用分野

バイオロギングは、純粋な行動学を超えて、生物多様性政策・気候変動研究・農林業の被害管理まで、社会的応用が広がっています。

海洋生物の行動・生態研究

クジラ・イルカ・アザラシ・ウミガメ・大型魚類の潜水パターンや採餌行動を解明。生物の声を集めた受動音響モニタリングにより、希少種の存在把握や船舶ノイズの影響評価も可能になります。

渡り鳥・海鳥のフライウェイ解析

数グラム単位の機器で、太平洋・東アジア・地中海を横断する渡り経路を直接記録。保全エリアの設定や、洋上風力発電などインフラ計画との衝突回避に活用されます。

鳥獣害管理(自治体・農林業)

GPS 首輪とクラウド管理プラットフォームを組み合わせることで、シカ・クマ・イノシシの行動圏と捕獲・侵入状況を自治体横断で可視化。被害低減と個体群管理の両立を支援します。

アニマルポータル|鳥獣害管理クラウド

気候変動研究

海洋哺乳類が運ぶ温度・塩分プロファイルは、極域・深海など人工観測網が薄い領域を補完します。動物が「移動する観測機」となる、気候モデル高度化の重要な情報源です。

生物多様性政策と環境アセスメント

国際条約(CMS/CBD)や各国の絶滅危惧種行動計画でバイオロギング由来のデータが採用されています。インフラ建設前後の行動変化計測など、環境アセスメントの定量化にも貢献します。

6. 代表的なプロジェクト

バイオロギングは国際協調が進む分野です。代表的なプロジェクト・組織を整理しておきます。

MegaMove

国際コンソーシアム(2025)

111 種の大型海洋動物の移動データを 377 名の研究者で統合解析。海洋保護区設計のエビデンスとして国際的に活用されています。

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ICARUS

Max Planck Institute / 国際宇宙ステーション

国際宇宙ステーションを受信局とする、超小型タグからの全球同時追跡プロジェクト。鳥類・コウモリ・小型哺乳類への応用が進んでいます。

BiP(Biologging intelligent Platform)

国立極地研究所ほか

種横断のバイオロギングデータをクラウド上で標準化・共有する日本発のプラットフォーム。LoggLaw 全シリーズで取得したデータも統合管理可能です。

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日本バイオロギング研究会

Bio-logging Science Japan

国内のバイオロギング研究者コミュニティ。年次シンポジウムや国際会議を通じて、用語・手法・倫理ガイドラインの整備を牽引しています。

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7. これからのバイオロギング

今後 5〜10 年のバイオロギングは、3 つの方向で大きく変わると予想されます。

第一に、エッジ AI による「分類済みデータ」の準リアルタイム送信。生の波形を送らずに済むため、消費電力と通信コストが下がり、長期かつ広域の運用が可能になります。鳥獣害管理での「接近アラート」など、現場介入を伴う用途で特に効果を発揮します。

第二に、衛星 IoT との統合。Argos に加えて低軌道衛星コンステレーションが利用可能になり、極域・洋上のリアルタイム取得が現実的になります。

第三に、種横断のデータ標準化と共有プラットフォーム化。BiP や Movebank に代表される流れは、個別研究のサイロを越えた科学・政策利用を加速します。当社も LoggLaw 全シリーズの BiP 連携を標準機能として開発しています。

技術の進歩に伴い、動物への負担を最小化する装着方法・倫理基準・データガバナンスの議論も同時に進めることが、分野の健全な発展に不可欠です。

8. よくある質問(FAQ)

Q. バイオロギングとテレメトリーの違いは何ですか?

テレメトリーは「電波・衛星で遠隔送信する」点に重きを置く語、バイオロギングは「動物自身が記録する」一次データに重きを置く語です。GPS 首輪のように「装着して動物が記録し、通信網で送信する」機器は、両方の性質を備えるため、現在では実質的に同義で使われる場面もあります。

Q. データロガーと GPS の違いは何ですか?

データロガーは内部の SD カード等に時系列でデータを蓄積し、後に機器を回収して読み出すオフライン記録機です。GPS は位置を測位するセンサーで、首輪型の場合は LTE や衛星通信モジュールと組み合わせて準リアルタイム送信します。海洋・鳥類研究では小型データロガー、陸生動物の管理用途では GPS 首輪、というのが典型的な使い分けです。

Q. 装着しても動物にストレスはかかりませんか?

装着重量は対象動物の体重の 3〜5% 以下に抑えるのが国際的なガイドラインです。多くの研究で、適切な装着方法・期間であれば行動・生存率への有意な影響は見られないことが報告されています。各国の動物実験倫理委員会の承認、装着前後の行動比較、装着後の自然脱落機構などを組み合わせることが標準的な配慮です。

Q. バイオロギングのデータは誰のものですか?

原則として研究者・装着実施機関に帰属し、論文発表や共有プラットフォーム(BiP、Movebank 等)を通じて二次利用される形が主流です。地域固有種や保護種では、自治体・政府機関の承認が必要なケースもあります。商用利用や報道利用の前には、装着実施者への確認をおすすめします。

Q. 個人の研究者でも導入できますか?

可能です。LoggLaw シリーズはじめ、当社の機器は研究室単位のスケールから自治体・国際コンソーシアム規模まで対応しています。装着動物の選定・回収プロトコルの設計支援も提供しています。お問い合わせよりご相談ください。

Q. バイオロギングの将来性は?

技術面では「エッジ AI」「衛星 IoT」「クラウド共有」が今後 5〜10 年の主軸となります。応用面では、純粋な行動学を超えて、気候変動研究・生物多様性政策・鳥獣害管理など社会実装の領域が広がっています。動物が「移動する観測機」として地球規模のセンサーネットワークの一部になる方向です。

著者について

小泉 拓也
Biologging Solutions株式会社 共同代表取締役

京都大学大学院情報学研究科出身、UC Santa Cruz 環境学部卒。日本発のバイオロギング機器メーカー Biologging Solutions株式会社の共同創業者として、自治体・大学・国際コンソーシアムへの当社製品の導入を推進している。

野田 琢嗣
Biologging Solutions株式会社 共同代表取締役

南極でペンギンに装着したビデオロガーによる行動研究をはじめ、自身もバイオロギング研究者として現場経験を持つ。Biologging Solutions株式会社の共同創業者として、研究現場のニーズに直結する小型データロガー・GPS首輪・ビデオロガーの開発を主導している。

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